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京都の大学生です もうすぐ社会人です

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この連携してるツイッターアカウントなのですが、ログインのパスワードを忘れてしまいました。以前からパスワードは忘れていたのですが、コンピュータが記憶してるパスワードのおかげでログインできていました。

ただ、帰省先で回線が変わったためかパスワードを要求されるようになってしまい、ログインできなくなってしまいました。Twitter社の方に新しい登録用のアドレスを送ったのですが、あまりいい噂を聞かないので期待はできないです

Twitter社が反応してくれない限りこのアカウントではもうつぶやけないのでブロックしてもらえると助かります。できれば凍結させたいので…

書評「西洋音楽史」・「音楽の聴き方」(ともに岡田暁生著)・「音楽の基礎(芥川也寸志著)」

 音楽を聴いた後、私たちはよく感想を言います。それはテクニックがすごかったとか、音がインパクトを持っていたとか、様々だと思います。そういった私たち「アマチュア」の感想と、専門誌に載っている作曲家や指揮者や演奏家といった「プロ」の方の感想は、私たちのそれにはないものがある気がしてならず、それがなんなのかとても興味がありました。その考えを基に今回読破したのがこの三冊です。「音楽の批評」という観点からこの三冊を選んで読んでみました。

 

「音楽をどう評価するか」という問いについてまっこうから取り組んだのが「音楽の聴き方」です。ここでは西洋音楽史以外にも、ジャズなどにも触れて話しています。初めの章では「どんな言葉も湧き上がってこないような、純粋に感覚的な「第一印象」以外にありえないだろう」と述べながらも、そこにとどまらない論評方法を模索していきます。

模索していってわかるのは、音楽のプロでもその評価軸は全然異なるということです。例えばロマン派のシューマンは、ショパンの曲の批評を書くときに「諸君、脱帽したまえ!天才だ!」という文に始まる批評を書いたことは有名です。その中で彼はショパンの曲の中から登場人物のキスなど、ロマンチックな情景を読み取ります。しかし皮肉にも、この批評はショパンからは胡散臭いと思われてしまうのです。ショパンは友人へあてた手紙の中でシューマンの批評を引用した後、「このドイツ人の想像には死ぬほど笑った」という辛辣な一言で結んでいます。このショパンシューマンの話は、音楽に対する対照的なスタンスを表しています。すなわち、「音の背後から情景を感じ取る」人たちと「音を音以外の何物でもない、サウンドとして鑑賞する」立場です。この二つについては正義も悪もありません。

筆者が批判するのはその後の流れ、つまり「音楽は言葉では語れない」という風潮の出現です。「音楽をただ聞いて消費するだけ、その音楽を実際に弾いたり、バックグラウンドについて聞いたりすることから私たちを遠ざけてしまった」原因であると指摘します。ベッセラーが指摘するように、音楽に「参加」することが少なくなってしまったのです。

ベッセラーの文脈では「参加=演奏、舞踏」のように書いてありますが、作者がここまで述べてきた「作品背景の調査」もこれに相当すると思います。コンサートに行く機会があるのなら、まず演奏される曲がどういった背景のもとで書かれたのか、それは何を演奏したものなのか、そして、それを演奏してみること(必要なのはチャレンジであって、作者が言っているように弾けるようにすることではありません)が肝要です。そうすることで「よかった・悪かった」という次元から一歩進んだ、深い評価が可能になるのです。

 

残りの二冊は、音楽についての最低限の下地を与えてくれます。西洋音楽史ではどの時代にどういった曲が生まれていったのか、そしてそれらはどのような傾向があるのかについて詳細に書かれています。「音楽の基礎」では作曲理論について述べてあります。ただしこれは実際にピアノをそばにおいて、試行錯誤をしながら読み進めるのがベストでしょう。その音を弾くとどうなるのかということは弾いてみないと分かりません。

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

西洋音楽史―「クラシック」の黄昏 (中公新書)

 

 

 

音楽の基礎 (岩波新書)

音楽の基礎 (岩波新書)

 

 

 

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)

 

 

書評「生活保障 排除しない社会へ(宮本太郎)」・「ベーシック・インカム入門(山森亮)」・「ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか(原田泰)」・「グローバル・ベーシックインカム入門 世界を変える「ひとりだち」と「ささえあい」の仕組み(岡野内正他)」

 タイトルでネタバレ感がありますが、ベーシック・インカムについてです。

ベーシック・インカムとは、端的に言えばお金のばらまきです。国民全員にお金をバラマクことで貧富の差を無くそうというのが根本の概念です。どの本でも書かれていますが、「財源は大丈夫なのか?」「お金をバラまくと人は働かなくなるのではないか?」というのが争点になってきます。宮本太郎さんの「生活保障」ではこれらの理由から、日本へのベーシック・インカムに反対しています。その一方で、ベーシック・インカムについて述べた二つの新書では、日本へのベーシック・インカムは導入すべきだと訴えています。財源的には問題ない、人々の生活はむしろ安定するので労働意欲が減ることは考えにくい、というのが主な論調です。

しかし重大な欠点があります。ベーシック・インカムは新しい概念であるがゆえに導入事例がないのです。先進国では導入事例がほとんどなく、オランダが導入したが中途半端に終わったというだけです。したがって、日本への導入後のメリットやデメリットは具体性を欠き、抽象的なわかりにくい議論になってしまいます。自分の場合そのあたりの理解が中々うまくいかず、追加で読んだのが「グローバル・ベーシック・インカム」になります。実は海外でのベーシック・インカム導入事例はいくつかあり、それについて詳しく踏み込んだ革新的な本となります。

結論としてはやはり、日本のような先進国で導入するには物価が高すぎて難しいな、というのが感想でした。確かに今の財源をベーシック・インカムへ転換すれば財政的には導入可能ですが、政治的な手続きの煩雑さを完全に無視しているのです。もちろん反対する人もいますし、下手に自分の票数を減らすような政策案を政治家は可決したくないだろうと思います。

一方でナミビアや、ブラジルの貧困地帯など、日本よりはるかに貧しい国では、明日の食べ物にすら困るような国民が多数を占めています。そのような国では、一か月に一万円程度~二万円程度の給付ですら生活の大きな助けになるのです。少ない予算で多くの人々の生活を援助できるわけで、費用対効果がとても高いのです。したがって、このような国家でまずは試験的に実施し、段階的に導入すべきなのでしょう。

とにかく、この「グローバル・ベーシックインカム入門」については具体事例が豊富で、かなり理解の助けになりました。ぜひ読んでおくべきだと思います。

生活保障 排除しない社会へ (岩波新書)

生活保障 排除しない社会へ (岩波新書)

 

 

 

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

 

 

 

グローバル・ベーシック・インカム入門――世界を変える「ひとりだち」と「ささえあい」の仕組み

グローバル・ベーシック・インカム入門――世界を変える「ひとりだち」と「ささえあい」の仕組み

  • 作者: クラウディア・ハーマン,ディルク・ハーマン,ヘルベルト・ヤウフ,ヒルマ・シンドンドラ=モテ,ニコリ・ナットラス,イングリッド・ヴァン・ニーケルク,マイケル・サムソン,岡野内正
  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2016/01/08
  • メディア: 単行本
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書評「地方銀行消滅(津田倫男著)」・「捨てられる銀行(橋本卓典著)」・「フィンテック(柏木亮二)」・「銀行問題の核心(江上剛・郷原信郎)」

まとめて書評を書いたのは、これらの本の内容が関連しあっているからです。

現在、地域経済において地銀や第二地銀の在り方が問題となっています。融資すべきではあるが、なかなか貸し出さない。その結果、地方の中小企業へ資金が行き渡らずに倒産してしまいます。

このような現状について、金融庁はどのように対応しようとしているのかを述べたのが「捨てられる銀行」、元銀行員としてどうすべきかと述べたのが「地方銀行消滅」です。「銀行問題の核心」についてはこの問題がなぜ発生したのかということを銀行の文化という側面から語っており、「フィンテック」ではこのような問題を新技術の導入という方法で解決するヒントを示しています。

しかし面白いのはやはり「地方銀行消滅」と「捨てられる銀行」の読み比べだと思います。

「捨てられる銀行」では金融庁長官の森氏にスポットを当てて、これからの経済では地域とのつながりを深くすべきだということが述べてあります。銀行本来の業務である融資に立ち返り、流すべき場所へ適当な金額を流すことに専念することが重要視されています。

その一方で「地方銀行消滅」では、地方銀行の取るべき方法として統合があげられています。銀行同士の統廃合を通じて銀行の数が減り、その結果一行当たりの経営力が強化されていくべきだという主張をしています。なお、「捨てられる銀行」ではこのような銀行統合の流れに対し、あくまでも地域経済発展のための手段として扱われるべきであり、再編そのものを目的とするべきではないといったことが主張されています。

「地域基盤の強化→経済活性化→銀行の存続」というプロセスと「再編による銀行の維持→融資の容易性→地域経済活性化」というプロセスにおいて、どちらがよいかということは一概には言えません。個人の価値観の問題だと思います。

そしてこのような現状を打破するかもしれない新しい希望がフィンテックであり、それは「フィンテック」で詳しく述べられています。「地方銀行消滅」では、フィンテックについて「既存の金融機関でもできる作業を簡略化しているだけ、怠慢ともいえる」と批判的に述べています。しかし、これは銀行が担っていた作業が細分化され、私たちがより自分に適したサービスを選びやすくなったと言い換えることもできると言えます。

フィンテックにより銀行が担っていた雑務を減少し、本来の業務であった融資に集中すべき、そうでないと地銀は統廃合を繰り返し、自行の名前が消えてしまう、とまとめられるのではないでしょうか。

 

地方銀行消滅 (朝日新書)

地方銀行消滅 (朝日新書)

 

 

 

捨てられる銀行 (講談社現代新書)

捨てられる銀行 (講談社現代新書)

 

 

 

フィンテック (日経文庫)

フィンテック (日経文庫)

 

 

 

銀行問題の核心 (講談社現代新書)
 

 

書評「銀行問題の核心」(江上剛・郷原信郎著)

 タイトル通り、銀行が抱える問題について二人の筆者が話し合う対話篇です。江上氏は第一勧業銀行が総会屋事件を起こしたときの広報を担当していた方であり、郷原氏はコンプライアンスについての弁護士です。みずほ銀行が反社会的勢力へ融資していた問題や、中小企業融資など、現在の銀行が抱える問題を弁護士と元銀行員という二つの視点から話しています。自分は現在、森金融庁長官の銀行検査大改革についての新書も読んでいるのですが、かなり共通する部分も多く、楽しんで読めました。森金融庁長官が地域経済を金融庁側から語った本であるとすれば、こちらは銀行員側から語ったものになります。また、対話という形をとっているためだいぶざっくばらんな話も出てきます。

 

対話の大きな部分を占めているのが、地域経済と銀行の関係性についてです。

バブルの時には銀行はさまざまなところへイケイケドンドンで融資をしました。そのため実は融資先が暴力団関係だった、などということも起きていたのです。このような場合、銀行のいわゆる「MOF担」が大蔵省の役人を接待して検査をごまかすのですが…

しかし現在ではこのような癒着はなくなり、金融庁側の検査がかなり厳格なものになっています。それは厳格すぎるあまり、地域経済の実情を考えていないこともよくあるのです。機械的に不良債権の判断をしていくため、それがもとで資金を貸し出せなくなり、地域の会社がつぶれていってしまうということが発生したわけです。

二人の意見として出て来る「教条主義的すぎる」という言葉はまさにこのことを表していると言えます。機械的に、厳格に審査するあまり銀行側はリスクを恐れ融資を渋るようになる、結果として地域経済への融資はすくなくなってしまいます。森長官はこの事態を打開するため、経営の健全性ではなく銀行の事業性をもって評価すべきという指標を作成するのです。

しかし、これは功を奏すまでに時間がかかりそうです。銀行員からはいわゆる「目利き」の能力がなくなってしまっているのです。銀行が地域経済を支える存在になるという森長官の目標が達成されるためには、長い視点を持つ必要がありそうです。

 

 

銀行問題の核心 (講談社現代新書)
 

 

書評「幸福な王子」(オスカー・ワイルド著)

 オスカー・ワイルドの名前は有名ですが、書いた本を読んだことがなかったため読んでみました。

本作は九つの短編からなる作品で、それぞれが小説というよりは童話の形式をとっています。そのため人間以外にもウサギやフクロウといった動物だけでなく、ロケットなどの物もおしゃべりをします。また、やりすぎかとも思われるくらいのコテコテの比喩も、童話らしい雰囲気を作り出しています。どの話もメルヘンな雰囲気を持っている、というのが特徴です。

 

また、話自体も信賞必罰だったり勧善懲悪といった童話らしいメッセージを持っています。ただ、これらの童話が面白いのは、完全な信賞必罰、完全な勧善懲悪の形になっていないことです。

例えば表題作である「幸福な王子」では、王子は自分を装飾する宝石や金銀を分け与えますが、最後には鉛だけになってしまい、鉛の心臓を残して捨てられてしまいます。この心臓はのちに「最も貴いもの」として神に扱われますが、王子そのものはもう死んで(?)しまっています。自分が貴いものであると神から扱われることを、王子は知らないのです。

 

このように、最後は神からの寵愛といった形で報われますが、資金的に裕福になったのか、肉体的に報われたのかにはあまり重要視されていないように感じられます。むしろ、内面がどうであったかということが重要で、現世よりもその魂を重視しています。

肉体よりも人間の内面に焦点を当てた信賞必罰という点では、少し対象年齢が高めの童話といえるのではないでしょうか。対象年齢が高い分、子供だけでなく私たちにも「精神は高潔であれ」というメッセージを発しているように感じられます。

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)

 

 

書評「さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学」(山田真哉著)

 タイトルはかなり有名ですね。自分が中学生くらいの時にベストセラーになった本です。購入するまで自分はサブタイトルを知らなかったので、さおだけ屋の経営についての論文なのかと思っていました…

 

サブタイトルまで通して読めばなんとなく想像はつくと思いますが、日常的な疑問点を切り口に、そこから会計を見ていくという本です。さおだけ屋以外にもなぜかつぶれないフランス料理店やワリカンなどについて、それは会計的にどう説明できるのかということが書いてあります。「キャッシュフロー」「回転率」という言葉は聞いたことはあるが意味を詳しく知らないという人向けの本です。

 

あとがきにも書いてありますが、この本が出るまでの会計学の入門書というのは難しい単語を説明しているというだけのものだったそうです。だから、入門書への橋渡し的な本を書こう、というコンセプトのもとに作成されたのがこの本です。したがって、大学の講義で会計や簿記の講義をとっている人が読めば少し物足りなく感じるかもしれません。その一方で、簿記を全く知らない人にとってはうってつけの入門書というわけです。「回転率」などの言葉は出版された2005年にはなじみが薄い言葉だったと考えられますし、飛ぶように売れた理由もわかると思います。

 

自分も簿記や会計、経営学の勉強をしたことがあるため、既存の知識の再確認という意味が強い本になってしまいました。ただ、会計以外の部分ではビジネス書のような役に立つ知識が披露してあるため楽しく読めるとは思います。

すでにある程度の知識がある人にとっては少し面白味がない本かもしれませんが、万人向けのビジネス書と捉えれば優秀な本だと思います。

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学 (光文社新書)