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エクセルのブログ

京都の大学生です もうすぐ社会人です

書評「谷崎潤一郎犯罪小説集」(谷崎潤一郎著)

 特徴的な表紙とタイトルの本です。四編の短編小説から成る本です。

日本における推理小説の元祖といえば、誰もが江戸川乱歩の名をあげると思います。そして、江戸川乱歩エドガー・アラン・ポーに影響されてそのペンネームを付けたというのも有名です。しかし、実は江戸川乱歩以前に推理小説に挑戦した作家がいるのです。それが谷崎潤一郎であり、江戸川乱歩がミステリの枠を形作る前の時代に、ミステリに挑戦しているのです。その谷崎潤一郎著作江戸川乱歩に影響を与えることになりました。

 

このような視点から読めば、面白さが増すのではないかと思います。「柳湯の事件」「途上」「私」「白昼鬼語」の四編が収録されていますが、前三篇はお世辞にもできがよいとは言えません。しかしながら、ミステリをなんとか自分の形で表現しようという作者の努力が伝わると思います。そうした挑戦を積み重ねて完成したミステリが、最後の「白昼鬼語」へとつながっていくのです。

分量が前三篇と比べて長いだけでなく、話自体も骨太なものとなっています。特に主人公とその親友・園村が殺人現場を目撃する場面はぺージをめくる手をせかすような作者の表現の妙があり、話に引き込まれていきます。そして最終的に「園村は狂人である」という伏線を最後に回収するラストも素晴らしかったです。

 

現在主流になっている、謎を解くタイプの本格ミステリとは時代が異なり、知恵比べのような要素はありません。しかし作者が導くジェットコースターのような緩急の激しいシナリオは読むに値するものであると思います。

谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫 た 28-2)

谷崎潤一郎犯罪小説集 (集英社文庫 た 28-2)

 

 

書評「かけひきの科学」(唐津一著)

 かけひきについて科学的に論じたものといえばゲーム理論が有名です。この本では、ゲーム理論の基礎的な話を紹介しながら、それを土台に実際の交渉ではどのように行動すべきかということについて作者の経験談や実例に即して述べてあります。

 

サブタイトルにもある通り、かけひきについて最も重要なのは情報であると述べています。つまり、相手の提示した情報を評価して正当性があるのかを確認すること、さらに相手の主張を覆すような数値を調べておき提示することが大事なのです。言ってしまえば当たり前のように思われますが、実はなかなかこれができていないとい筆者は述べています。例えばマスコミやアメリカ政府が出す数値です。確かに計算すればそのような値になるかもしれません。しかし、政府の出すような数値であっても導出プロセスにおかしな点があったり、「なんでこの数値をもってくるの?」と疑問を抱くような部分がある、そして自らの主張に都合の良い数値を作り出している、と主張しています。確かに「かけひきの技術」や「仮説の立て方」について論じている部分はありますが、作者は結局正確なデータが必要、という結論にまとまっています。

 

かけひきの技術では、最悪を予測しておいて損失を減らす「ミニマクスの定理」やダミーを混ぜて相手を混乱させる「ランダムの定理」などのテクニックを紹介し、仮説の立て方では「サイバネティクス」という、あらかじめ大まかな目標を定めておいて、後から徐々に修正していく方法を提案していますが、肝心のデータの取り方についての言及が少ないのが残念です。

 

ただわかるのは、二年程度の長期的なデータでないと意味がないということです。短期的な傾向をもとに行動してしまうと木を見て森を見ずといった結果になってしまい、大損してしまうことになりかねません。

具体例が豊富であるのはとてもよいのですが、逆に具体例を増やしすぎてしまって何を言いたいかが見えにくくなってしまっているように思われます。冗長すぎる、というのが文中の表現にありますが、まさしくこれが当たるでしょう。なお、冗長度はほどほどにあればわかりやすい文章になり、それを知るためには古今東西の名著と言われる作品を読むのが良い、というのが作者の主張です。

 

結局、かけひきや交渉にはデータが必要といいながら、情報収集のやり方にまで詳しく言及されていないのが残念だと言えます。おそらく、機械などではなく実際の「人」を使った情報収集を作者は推奨しているのでしょうが、その部分が膨大な具体例のせいでかすんでしまっているのが残念です。

 

かけひきの科学―情報をいかに使うか (PHP新書)

かけひきの科学―情報をいかに使うか (PHP新書)

 

 

 

書評「壁」(安部公房著)

 本書は六つの短編から成る短編集です。更に言うと、「壁」という小説はありません。短編集のタイトルが「壁」なのです。

芥川賞を受賞した作品は主張かなり複雑なものが多い、というのが自分の印象でしたが、この作品はいい意味でそれを裏切ってくれました。

 

つまり、最初から最後まで作者の描きたいことは「アイデンティティの喪失」ということなのです。それを形を変えて問い続けたのがこの六つの短編になります。

その中でも、最初の「S・カルマ氏の犯罪」のアプローチは面白いです。普通アイデンティティの消失というと、この短編の中では「赤い繭」「洪水」「魔法のチョーク」のように自分の境界線が消えてしまって他者との見分けがつかなくなってしまう、という形式が多いです。しかしながら、「S・カルマ氏の犯罪」ではそこからさらにもうひと手間加えています。カルマ氏は「名前を無くす」ことでアイデンティティを失ってしまうのですが、そこからさらに周囲の環境もハチャメチャになってしまうのです。外と中の両面から、カルマ氏のアイデンティティを壊すアプローチが試みられています。これはラストの「バベルの塔の狸」にも共通しています。

しかしながら、カルマ氏は最終的に「荒野にぽつんと立つ壁」という形でアイデンティティを得るのに対し、「バベルの塔の狸」のアンテンさんは元の世界に戻るという形でアイデンティティを取り戻します。前者の書き方はどこか寂しく書かれているのに対し、後者ではラストの場面はホッとするような、あるべきところへ無事帰ってきたような書き方になっています。アイデンティティを喪失した結果新たなアイデンティティを得るのか、それとも取り戻すのかでの違いがここに表れています。

 

アイデンティティの喪失」という観点から書き上げられた六編はいずれも実験的小説というのがぴったり来ますし、時代の差を感じさせない読みやすい作品でした。

壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)

 

 

書評「続 日本人の英語」(マーク・ピーターセン著)

 前回紹介した「日本人の英語」の続編です。ただ、前回では「英訳するときに日本人が犯しやすい間違い」に焦点を当てていたのに対して、今回は「日本語が持つ表現の範囲と英語が持つ表現の範囲のズレ」に焦点が当たっています。日本語で表現できるものには限りがありますし、それは英語でも同じです。文化的な違いなどから難しい表現について、「日本人はこのような感覚を持っているが、アメリカ人は持っていない。ではニュアンスが伝わるようにするにはどのように英語で表現するべきか」といったことを作者が実践しています。もちろんその逆もあります。

 

自分は英訳が不得意だったこともあり、ただただ感心するばかりでした。冠詞のaとtheの使い分けや、中学校で習うレベルの単語のニュアンスなど、深いところまで掘り下げてあり文章のほとんどの部分が重要だと感じました。ただ結局読むだけでは記憶は薄いので、例えば同じ作者が出しているロイヤル英文法などをこなすのがよいのだろう、という結論に落ち着きました。

 

しかし前著と比べると複数の文章を羅列してあり、違いが理解しやすくなっています。日本語について外国の方が日本語で解説している文法書というのはそうないので、読む価値はあると思います。

続・日本人の英語 (岩波新書)

続・日本人の英語 (岩波新書)

 

 

書評「ビジネス難問の解き方 壁を突破する思考」(唐津一著)

書評 新書

 いわゆる「問題解決」論の新書です。書かれた時代は2001年と昔ですが、現代の状況と照らし合わせてみると作者の懸念が現代にも当てはまっており、しばしば驚いてしまいました。問題解決について議論した後は、問題解決における情報の重要性、アイデアの設計方法、決断方法を論じています。この本が書かれた2001年はIT革命の全盛期ということもあり(本書の中の統計ではまだ最もメジャーな情報収集手段がテレビでした)、最後の章では当時のビジネスを筆者が俯瞰しています。

 

この本の中では具体例が豊富に取り上げられており、抽象的な論というよりはビジネススクールケーススタディに近い構成になっています。具体例の種類も豊富で、実際に企業が行った施策にとどまらず、国家レベルでの意思決定も含まれています。すなわち、ここで作者が提示している「問題解決」とはビジネスレベルだけではなく国家レベルでの問題も含めているということができます。

 

問題解決について様々な観点から論じていますが、実は筆者の焦点は一つにまとめることができます。それは「現場現物主義」の重要性です。例えば以下のような具体例があげてあります。

「先日、あるテレビ局のニュースを見ていたら、日本の貿易黒字が増えたというアナウンスと同時に、画面に自動車の映像が流れた。(中略)本来、事実を伝えるべきマスコミが、「日本の輸出といえば自動車」という固定観念にここまで凝り固まっていたとは」

よく日本の輸出品目といえば自動車が話題になりますが、輸出の大部分を担っているのは実は違う、部品や工作機械といった資本財なのだという主張をしています。個人的に「この本が書かれたのは2001年であり、現在は変わっているのでは?」と考えたので調べてみました。すると、現在もこの傾向は維持されているということがわかりました。

三菱JFJリサーチ&コンサルティングのレポート(http://www.murc.jp/thinktank/economy/analysis/research/report_130926.pdf

によりますと、各国の輸出品目のRCAが算出されています。RCAとは、ある国の輸出総額における某財の輸出額の割合と、世界の輸出額における某財の輸出総額の割合を比べたもので、大きければ大きいほど競争力が高いということになります。(問題が生じた場合は連絡してもらえれば消去します。)すると、日本においては消費財(車なども含みます)のRCAはマイナスに落ち込んでいるのに対して部品や資本財のRCAは50程度の数値を保っています。特に部品に関しては近年上昇傾向にあります。つまり、日本の輸出産業を担っているのは消費財を販売する大手メーカーではなく、部品や制作機械を輸出する優れた技術力を持ったメーカーということが言えます。

 

このように、実際に厳密なデータを検索して調べてみると風説を異なっていたという現象はよく発生します。風説で納得してしまうのではなく、実際にデータを調べたり、現場を訪れたりしてリアルのデータを調べることの重要性を説いた本だと言えます。これは現実のビジネス問題にも通用しますし、参考になると思います。

 

ビジネス難問の解き方 (PHP新書)

ビジネス難問の解き方 (PHP新書)

 

 

 

書評「たったひとつの冴えたやり方」(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著 浅倉久志訳)

 タイトルはとても有名な本です。本自体は同じ背景を持った三つの短編から成っています。三つの中で最初に掲載されているのが「たったひとつの冴えたやりかた」であり、好奇心旺盛な少女とエイリアンの話、次が「グッドナイト、スイートハーツ」、最後が「衝突」です。

 

三つの物語に共通しているのですが、いわゆる「SF小説」ぽくない、という印象でした。自分がSF小説を読みなれていないということも大きいのですが、印象としては「架空の世界を創造し、その中で物語を動かすことで現代との皮肉をする」または「現代世界において突飛な出来事が起こる」という二種類に分かれるという考えを持っていました。

 

しかしながらこの三つの短編はSFというよりは現代の一般小説といった毛並みでした。つまり、宇宙という舞台のもとで起こっているのですが、舞台自体にはそこまで重点が置かれていません。あくまでも作者の見せたいのはストーリーであり、宇宙という舞台はそこまで作者は重要視してないように思えます。三つの短編とも、作者の力点はストーリーの展開、そしてその演出に置かれています。したがって、いわゆる「SF小説」を期待した読者にとっては少し肩透かしだったと思います。しかし、SF小説のライト層や入門編としては適切な本でしょう。そのため「おすすめのSF小説ある?」と日常会話で聞かれればまずおすすめすべき小説だと思います。

 

いわゆる「文学的作品」よりもライトノベルに近い性格だからこそ、万人向けの小説であると言えます。

舞台設定やストーリーを通した問いではなく、登場人物の感情に焦点を当てた物語であるため時間や場所を問わず愛される作品であると言えます。

 

 

 

書評「知的財産法入門」(小泉直樹著)

書評 法律

 タイトル通り、知的財産法入門について書かれた本です。知的財産法自体がITの発達と同時に様々に変化してきていますが、本が書かれた段階(2010年)までの変化を網羅してあります。

 

知的財産法の根幹をなす二つの権利である特許権著作権について詳しく書かれており、200ぺージいかないような薄さではありますが内容はとても濃いです。自分は法学部ではないので法律の知識はほとんどありませんでしたが、そんな自分でもわかるように丁寧に書かれていました。

 

知的財産とはどのような歴史のもとで成立したのか?という話から始まり、どのような場合に侵害されたといわれるのか、誰に所有権は所属しているのかという説明が続きます。

 

個人的に面白かった部分は知的財産と経済の接点について書かれた部分です。

例えば近年では、日本的経営の特徴である終身雇用が維持できなくなっています。これは経営学の重要な論題の一つであり、日本的経営に代わる制度の模索が続けられています。経営学的には終身雇用制度が廃止されることについては「従業員の帰属意識を維持する制度が無くなってしまう」というデメリットがあげられていますが、実は知的財産法の観点から見ても影響が生じるのです。これについて、作者は以下のように書いています。

バブル崩壊と軌を一にして、雇用が流動化し、退職した従業員によって、過去に会社に譲り渡した出願権の評価が低すぎたとの主張が裁判所に多く持ち込まれるようになりました」

終身雇用によって従業員が会社に帰属意識を持っていたから、会社が従業員の発明した技術を過小評価しても従業員が了承していたという背景を見ることができます。

 

また、知的財産侵害の補償額についても、著作権法の保護期間を例にとって法学と経済学では以下のような違いが発生すると述べています。

「日本の著作権法では、著作権の保護期間は、原則として著作物の創作から著作者の死後50年までと決められています。(中略)なぜこのように長く著作権を保護するかというと、著作権による恩恵を、後二代、つまり子、孫の代まで及ぼすべきであるから、と説明されています。」

「一方、経済学によると、著作権の保護は、著作者が著作物を創作するのに必要な投資を回収する期間与えられれば、基本的には十分とされます。著作権の独占は、創作への誘因として与えられるので、誘因として必要な以上の保護は過剰であり、のぞましくない、という考え方が基礎にあります。」

「このように、しばしば、経済学上の分析の結論は、法律学の制度のあり方に対して批判的なものとなります。」

 

したがって、作者としては法律学だけではなく、経済学の観点からも観察することで中立的な制度を構築することができるという立場をとっています。経済学部の人間としては今までになかった観点であり、興味深かったです。

 

 

知的財産法入門 (岩波新書)

知的財産法入門 (岩波新書)